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Author: みっち 
とっても小さく生まれ、重症心身障害を持つ次女・ふたばと過ごす日々を綴ります。

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『寝たきり少女の喘鳴(こえ)が聞こえる』

「本棚」第7弾は、
通園施設の図書室で借りたこの本です。


『寝たきり少女の喘鳴(こえ)が聞こえる』
山口 ヒロミ 著
自然食通信社

寝たきり少女の喘鳴が聞こえる


著者の長女・天音(あまね)ちゃんは、重度の心身障害児。
仮死状態で生まれ、自動蘇生器を37分使ったのち、蘇生。
その結果、心身に重い障害が残りました。

天音ちゃんの誕生から乳幼児期の回想を織り交ぜながら
小学生時代のことが書かれています。

天音ちゃんは、なんと…ふたばの先輩です!
天音ちゃんは、今から30年ほど前、
ふたばが通う通園施設に(小学校に上がるまで)通っておられたのです。

19歳で亡くなったことを、ネット上で知りました。


天音ちゃんが生まれた時代、
医療福祉の制度をはじめ、天音ちゃん家族をとりまく社会は
今よりもずっと厳しいものだったと思います。
それでも、就学年齢になると、天音ちゃんは地域の小学校に入学しました。
通学の時は母のヒロミさんが付き添います。

ヒロミさんは元教師。
親としての思いと、教師としての思いが、交錯することも多かったようです。

あまり通学ができなかった天音ちゃんでしたが
6年間、地域の小学校に籍を置いて過ごす間の、
クラスの子ども達や担任の先生との関わりがうかがえます。



この本は、残念ながら絶版になっていて、
Amazon等でも品切れとなっていますが、
本の中で、印象に残る文章がいくつもあったので、
紹介したいと思います。

1.(天音ちゃんにも、ヒロミさんにも、通学の負担が大きくなってきて
学校を辞めようか悩んだ時期がありました。その頃ヒロミさんが考えたことです)

「楽しんでいるのは、福田先生(天音ちゃんの担任の先生)と教室の子ども達とそして私。
天音はどこにもいない…と思った。
(中略)
『天音ちゃんに会ったことは、子ども達にとって、とてもよかったと思います』
福田先生は何回か言われた。
他の子ども達にとってより、天音にとってはどうだろう。

『障害児は、他の子どものやさしさやいたわりの気持ちを育てるために存在するんじゃない。
まちがえたらあかん』
と、いつだったか教師の頃、研究会で若い活動家の人が叫んだのを思い出す。」



この活動家の言葉を読んだとき、ガツンと殴られたような思いがしました。
この言葉をずっと忘れないでおきたいと思います。
「障害を持つ子のおかげで、命の重みや、優しさを学んだ」など
よく聞く言葉で、確かにその通りだと感じることもありますが、
障害児は、他の子ども達の教材のためにだけ存在するのではないことを、
心にとめておきたいです。



2.(本の中で、ヒロミさんは、死にたいと思う時があると、何度か書かれています。
そしてその気持ちを分析しておられます。その中の文章です)

「私は寂しくてたまらなくなると、その苦しさから逃れたくて死を思ったのだ。
自分でその感情が何であるか知ろうとせず。
人間は本来ひとりである。
(中略)
仕事をしていれば忙しさで紛れて、それに気づかずにすんだ。
映画を見たり人に会ったり、旅をしたり恋をしたりすることで隠しておけた。
しかに、天音と暮らすことで、それらを切り棄てたことが、
私の内にある孤独をはっきり浮かびあがらせたのだ。」



すごく心に残った文章です。
教師をしていたヒロミさんが、天音ちゃんが生まれたことによって教職を離れます。
そのことが余計に、ヒロミさんを孤独と向き合わせたのだと思います。
子どもを育てることで、自分の孤独と向き合う。
このことを分析して自覚できたヒロミさんはすごい、と感じました。




ちなみに、著者の夫・山口平明さんは、
『娘 天音 妻 ヒロミ―重い障害をもつこどもと父の在り方』
(ジャパンマシニスト社) 
という本で、父親と夫の視点から、ユーモラスな語り口で家族のことを描いています。
特に、教職を離れて天音ちゃんを育てる道を選んだヒロミさんに対し、
「人とは違う道なんだから、面白がって歩いていけばいい」と背中を押し、
ヒロミさんの人生を「二通りの人生」
(教師としての人生と、障害のある子を育てる人生)
と表現しているところが、とても印象的でした。




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コメント

Secret

mayuママ

とても共感します。
そして怖くも感じます。

私はヒロミさんと同じで、子どもといることの孤独に気づきました。でもヒロミさんと違い、その孤独に向き合えませんでした。結果、まだ仕事をしています。孤独と向き合うことで、自分が、家族がこわれそうでした。

まだまだ自分の生き方に苦しんでいます。

こんばんは

Amazonで絶版…悲しい〜(T_T)

ぜひ読んでみたかったです。
図書館探そうかな〜!

私も、ガツンと殴られたような思いがしました。
たしかに、私たち夫婦もあんちゃんがいることが絶対に健常な子たちの優しさを育みその子たちのためになるはずだ、と言い、そこにあんちゃんの存在意義を見出そうとしてました。

健常な子の学習のためにいるわけじゃないですよね。

あんちゃんにはあんちゃんの、ふたばちゃんにはふたばちゃんの人生を生きる権利がありますよね。
私もこのこと、忘れないでおこうと思います。

「人とは違う道なんだから、面白がって歩いていけばいい」
私はまだこの域にまでは達してないとなぁと思いました。
人と違う道に入ったことに戸惑い不安な自分がいます。
いつか面白味もわかるといいなぁ(◍•ᴗ•◍)

こんばんは

 私もちょうど同じことを思っていたんです。ゆっさんの保育園の懇談に、夫が参加したのですが、そのときに担任の先生とあんさんの話になり、「ほかの子どもたちにとっても、あんさんと過ごすことはいいことですよね。」というような話になったそうです。

 それを聞いた時に、私には違和感があって…。なので、今回の記事に大いに共感しました。

 ぜひ読んでみたいと思ったのですが、もう絶版しているんですね。残念e-263けれど、みっちさんから本の内容を紹介してもらえてよかったです。

 確かにヒロミさんが本を書かれている時代は、今よりもずっと生きにくかったと思います。今は恵まれているんだろうな。それでも、手当てをもっと充実してほしいとかじゃなくて、今よりもっともっと、障がいをもった子どもやその家族が、自然に生活できる世の中になってほしいと願わずにいられません。

 ヒロミさん、幸せだったのかな。いろんな大変なことがあったけれど、それ以上に幸せだったと思ってほしいなe-53

こんにちは。
本の紹介、毎回 勉強になります。

今回の本、重症児の子育てについて並大抵のことではいかないだろうと、手元になくても伝わってきました。

活動家さんの話、私も胸に突き刺さりました。
私も次女のことから多くの人に家族の試練と慰められました。でも、そう言われれば言われるほど孤独感にもなりました。やっぱりかわいいと次女を受け止めてもらえると私も救われます。
でも、張本人の次女は急変からどう思っているのだろう?
ついつい自分本意で次女のことを考えてしまいますが、次女と過ごすうちに次女が気持ちよく過ごせることを考えられるようになりました。
障害者一人一人違うので、いろんな学びがあってもいいと思います。育つ環境もそれぞれ。
もちろん、天音ちゃんの学校のひとたちにとって天音ちゃんが教材になることは素晴らしいこと。
でも、声(言葉)で表現できない障害児は親が喘嗚(こえ)を拾ってあげないと、子どもが置き去りにされてしまう。
健常児も同じですよね。親の身勝手で進めてしまって、子どもが我慢してたり。きょうだい児にも特に関わってきそうです。

それでも、親も自己実現はあって然り。常に相手のことばかりでは、特に重症児の子育ては立ち行かないこともあるでしょう。
独りよがりではなく、お互いの気持ちに寄り添い、親子で楽しめることを見つけることができたらいいなと、強く思いました。子どもの成長を見続けるのは親ですから。

私は子育て=自立と思っています。子どもを生む前、障害者はずっと親が子育てできるからいいな、などと無責任で不謹慎なことを考えたことがありました。
今の自分は、次女のことで決断することが増えてきました。そのなかで助言はたくさんの人に求めますが、自分の足で立って考えることができて、本当にありがたく思ってます。
次女がどんな風に成長するのかわかりませんが、置かれた環境で嫌なことは嫌と意思表示してコミュニケーション取って欲しいと思います。今のところ嫌なことがあると泣くことはできているので。
僅かな反応でも拾いとり、それを周りと共有していくことで、親離れして、いずれは広い意味での自立につながって欲しいです。(重症児は完全な自立は不可能でしょうから、ただ単に親離れと言う意味です)

親は子どもより先に逝くのが前提ですが、重症児の場合は特に将来の重要課題。さじ加減が難しいですが、目の前のこと一つ一つできることを増やしていけたらな、と感じました。

稚拙な考えでまとまらずまたしても非公開にしたいところ。
長文でいつもすみません。

今回のテーマは本当に考えさせられることばかり。ご紹介ありがとうございました。

パパ寄りのわたし

わたしは自己犠牲が好きなんでしょうか。
自分のために自分の人生を生きることに踏み出せない性分らしく、頼られると自分の存在意義を確認できるところがあります。
「雨ニモマケズ」を初めて読んだときに
「ああ、こういうひとにわたしもなりたいもんだ」と感心したタイプの人間です。
息子が、働いたり、趣味をもったり、なにか外に向けて発信していけれないのであれば、ほかの人に癒しや、学びを与える人であって欲しいと思ってしまいます。(>_<)
天音ちゃんが学校で楽しくなかったとしたら、その経験のおかげでお家やお母さんとの時間が余計に楽しい時間に感じられるようになったのかもしれません。
ただ ただ 美味しいビールを毎日飲めるより、くたびれ果てて帰ってきたときの安っいビールの方がメチャ美味しい(^o^)と感じるのも、人生を豊かにしてくれるんじゃないかな。
天音ちゃんは未成年でしたね(^_^;)
どっちも欲しいから悩むんですかね。両方混ぜちゃえばいいんですね、天音ちゃんのパパさんのように、状況を楽しむ。
楽しむって大事ですね。
障害児であることを楽しむ。私の 課題です。

家族の思い

v-255 こんにちは。

ご家族の思いはそれぞれだし、まわりの理解とかもそれぞれだし、、ですね。良い本のようなので、2冊とも近くの図書館で予約しました~

知らないことがいっぱい、特に人の気持ちなどこういうご本でもないかぎり・・ みっちさんもこれからもいろいろと発信してくださいね。

v-254 

みっちさん、こんにちは。
なんか、私もガツンときました。

みっちさんの抜粋してくれたことば、どれも響きます。

1点めについて、私も疑問に思ってきました。
ちょうど今の幼稚園に、障害のある子がいて、お母さんの集まりの中 、先生が、その子について言及しました(その子のママはいない場所で)。

•○ちゃんのおかげでみんな優しさ、いたわりをもてるようになった(ありきたりな表現なんですね)。
•みんなが成長できた。
•最初はへって?感じだったけど、お手伝いするところがわかるようになり、相手をみてお手伝いをできるようになった。

聞いていていや〜な感じがして、悲しくて、怒りさえ感じて。
みんなその先生の言葉に感動していて。
でも、そこにママがいたら、それ言ったのかな?何て配慮のない言葉だろうと思いました。
今回の記事を読んで、その正体がわかりました。

声で訴えられなくても、一人の意志も感情もある人間です。
きれいごとで一見、統合教育大賛成、みたいな声も聞こえるけど、誰のための教育なのか、しっかり考えていかなきゃと思いました。

あと、ヒロミさんとご主人との対称的な感じ。
ついつい、夫には私と同じ気持ちをもって!何でそんなにわからないの⁈って思ってしまうけど、それでいいんだな、バランスだな、って思いました。

また自分の話になってしまいましたがσ(^_^;)
みっちさん、勉強になりました!
ありがとうございます(ToT)/~~~

タイトルの力強さに、読む進むのが怖い気さえしました。

活動家の言葉に、ガツンと考えさせられました。障害児は他の子ども達の教材のためにだけ存在するのではないこと、私も心にとめておきたいです。

私は、自分の心の闇や葛藤を言葉で表現すると、ものすごくエネルギーを消費してしまいます。本やブログを読むことで、自分の代弁者を探し求めてるんだろうな。堂々と孤独だと言えるヒロミさんのそこに至るまで経緯が知りたいなと思いました。

紹介して下さった2冊の本、図書館で探して読んでみます。ありがとうございます。

mayuママさんへ

mayuママさん、こんにちは。コメントありがとうございます。

mayuママさんはお仕事に復帰されましたね。
忙しい毎日の中、いろんなことを考えておられることと思います。
ヒロミさんのように、難しい子育てをしながら、
自分の内にある孤独と向き合うっていうのは、相当パワーの要ることだと思います。

書き忘れましたが、ヒロミさんも長らく生き方に苦しんでおられたようですが
自分の時間(ご主人に天音ちゃんを見てもらい、定期的にテニスに打ち込まれていたようでした)も
なるべく持つようにしていたそうです。
趣味なり、仕事なりで、自分の時間を持つことは欠かせないですよね。

mayuママさんのブログにも、またお邪魔します(^^)


はくじゅさんへ

はくじゅさん、こんにちは。コメントありがとうございます。

図書館にならもしかしたらあるかもしれないです☆

はくじゅさんが書いてくださっていたように、
周りの大人や子ども達が優しい気持ちを持ったり、生きていることの意味を考えたりするのは、
重症な子の存在意義の1つではあると思いますよ~。

でも、それだけでいろいろなことを進めるんじゃなくて、
自分の思いを言葉にできない子たちの意思を、周りがくみ取ってあげたいですよね。

ふたばが就学年齢を迎える前に、今回記事にしたことをしっかり頭に置きながら
進学を考えたいと思っています。まだまだ先の話ですが(笑)。

人とは違う道を、面白いと思えて、楽しむことができたら、
それは大きな意味がありますよね。
私も、そのことが目標と言う感じがします。

ゆずぽんさんへ

ゆずぽんさん、こんにちは。コメントありがとうございます。

ゆずぽんさんも同じようなことを思われていたんですね。
その懇談のお話を聞いて感じた違和感…
私もきっと、そのお話を聞いたら、違和感を感じると思います。

その言葉の通り、他の子どもたちにとって、あんさんと過ごすことは良いことだと思います。
でもそれは、あんさんに限らず、だと思います。
あんさんも、他の子どもたちと過ごすことで、良い刺激になったり、心地よさにつながったりするだろうし、
みんなが、みんなと過ごすことによって、与え合うものがありますよね。
どこの保育園でも同じ。どんな子でも同じだと思います。
変に特別扱いをして、そのことを美化するようなことは、
やっぱり違和感を感じてしまいますよね。

ゆずぽんさんが書かれていた、
「障がいをもった子どもやその家族が、自然に生活できる」環境、私も望みます。
具体的にどういうことを望むかを考え続けて、発信していく必要があると思います。

絶版になっていますが、もしかしたら図書館にはあるかもしれないです☆

ヒロミさんのその後のことは、別に出版されている本があるようなので
また読んでみようと思っています☆

勇気りんりんさんへ

勇気りんりんさん、こんにちは。コメントありがとうございます。


そうそう、勇気りんりんさんが書いてくださったように、
周りの子どもたちにとって天音ちゃんと過ごすことは間違いなく良い事なんだと思います。
でもそれが第一になってしまって、本人の意思をくみ取らずに進めてしまうのは、
子ども本人を苦しめてしまう可能性があります。

ほんと、このことは、どんな子育てにも、どんな人間関係にも当てはまる事ですね。
きょうだい児の問題についても、そうですよね。

次女ちゃんは、嫌なことがあると泣くことができているんですね。
自分の意思や感情を、なんらかの方法で表現できるっていうのは、とても大事なことで、
周りはいつもそれをくみ取ってあげたいですよね。

そして書いておられていた「自立」のためにも、自分から何かを発したり反応したりできることは
欠かせないことなんだろうと思います。
たくさんの人の手を借りて生きていくからこそ、1つでも多く意思を伝えることができたら。
重症の子の大きな目標ですね。

この本のタイトルが、なぜこのタイトルなのか、勇気りんりんさんのコメントを読んでわかったような気がしました。
ヒロミさんは、いつも天音ちゃんの「こえ」に耳を傾けようと努力していたんだと思います。

ちまきさんへ

ちまきさん、こんにちは。コメントありがとうございます。

ちまきさんは「雨ニモマケズ」を読んで、こうなりたいと感心されたんですね!!
そのことに私は感動です。

本には、天音ちゃんは抱っこが大好きだと書かれていました。
それが一番落ち着くのだと。
学校が天音ちゃんにとって過酷な環境だった分、ちまきさんが書かれていたように、
お母さん(ヒロミさん)の腕の中は、よけいに心地よかったのかもしれないですね。
疲れた後のビール!本当にそんな感じの存在だったかもしれないです。

楽しむって、本当に大事なことだと思います。
楽しむことは、きっと余裕を持つこと、ですよね。
ヒロミさんのご主人が、少し離れて客観視しているからこそ、
「楽しむ」という発想になれたように、
自分の身に起きていることを、余裕を持って客観視してこそ、楽しめるのかもしれません(^^)

私も、仕事を辞めて、人とは少し違う道を進んでいることを楽しむことが目標です☆

ブログでその楽しみを共有できていることに、感謝の気持ちでいっぱいです。

笹さんへ

笹さん、こんにちは。コメントありがとうございます。

2冊とも図書館で予約されたんですね!
絶版になっていますが、図書館によっては置いてあるのかもしれないですね。

良いと思うもの、いろいろ発信したり共有したりしていけたらいいなと思っています。
いつもありがとうございます☆

わー&かーママさんへ

わー&かーママさん、こんにちは。コメントありがとうございます。

幼稚園での集まりでの、先生のその言葉。
確かに、事実だと思うんです。
でも、ほんと、わー&かーママさんが書かれていたように、
その場に本人のお母さんがいたら、そんな言葉は出てこないのではないかと思いました。
その子を特別視して、美化しているような、違和感を持ってしまいますね。

でも、私も、もしふたばという子を生む前に、その集まりに出ていたら
きっとなんの違和感も持たなかったかもと思います。
当事者になってみないとわからないことが、たくさんありますね。

どんな重症の子でも、その子の意思をくみ取ってあげたいですよね。

貴重な経験談、ありがとうございます。

そうなんですよね、夫婦2人、同じ気持ちならとてもやりやすいのだろうけど、
意見が違うからこそ前に進めることもあります。
きっとどちらか片方の意見に偏れば、楽かもしれないけど、前には進めないのかも。
2人の意見のすり合わせ、バランス、大切なことですね。
特に子育てにおいては☆

あかみらさんへ

あかみらさん、こんにちは。コメントありがとうございます。

タイトル、ちょっとドキッとしますよね。
私は、先にご主人が書いたという本の方を読んだのですが、
この本のタイトルには、かなりの重さを感じました。
そして、皆さんに書いていただいたコメントを読んで、
なぜこのタイトルなのか、分かったような気がします。

あかみらさんは、自分の代弁者を探し求めてるんだろうと書かれていました。
私もそうかもしれません。
自分の中のダークな部分(自覚がないままのものもたくさんあります)と向き合わずに
何気なくぼんやりと過ごしているんだけど、
ふと本やブログで、自分の自覚していなかったと言うか、言葉で表現したことの無かったと言うか、
そんな気持ち・言葉に出会うたび、心が揺さぶられるような思いがします。

孤独だと言えるヒロミさんの心の内は、本だけでは測りきれない感じがしました。

絶版になっていますが、図書館には置いてあるかもしれません☆

何度もごめんなさい。

みっちさんのこの記事、今日の私のブログで記事をリンクさせて少し触れてもいいですか?

このお話、私も周りの人に伝えたくて。

はくじゅさんへ

はくじゅさん、もちろん大丈夫です(^-^)

わざわざ、ありがとうございます☆

天音さん

v-254 こんにちは。


ご紹介いただいたご本から。

ご主人とヒロミさんが対で書いている”イノチの天音”もとても素敵でよかったです。今頃どうしてらっしゃるのか、、、命のprideが良く書かれていますね。

普通は知られることのないことばかりだから、もしできたら発信し続けて欲しいです。

笹さんへ

笹さん、こんにちは。コメントありがとうございます☆

『イノチの天音』を読まれたのですね!
私はまだ借りていなくて…図書館で探してみます!
ありがとうございます(^^)

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わー&かーママさんへ

わー&かーママさん、こんばんは。

コメント欄を確認するのが遅くなって、今読みました。ごめんなさい。

一般公開しているものなので、使っていただいても全く構わないですよ(^^)
でも、わー&かーママさんが考えられて、削除されたのなら、それも構わないです(^^)

お気になさらないでくださいね!

わー&かーママさんの記事を読んで、インクルーシブ教育というものを
考えさせられました。
なかなか、難しいテーマだと思います。
きっといろんな面から考えないといけないテーマなんでしょうね。

こちらこそ、いつもありがとうございます☆