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Author: みっち 
とっても小さく生まれ、重症心身障害を持つ次女・ふたばと過ごす日々を綴ります。

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『障害をもつ子のいる暮らし』

今回は、ふたばが長いNICU生活を終えて在宅生活を送るうえで、
考え方の基盤となった、と言っても言い過ぎではないほどの存在だった本を紹介します。

ふたばが1歳を迎える前、まだNICUに入院している時に読みました



『障害をもつ子のいる暮らし』
毛利 子来 ・ 山田 真 ・ 野辺 明子 編者
筑摩書房
障害をもつ子のいる暮らし



「障害をもつって、どういうこと?」という「受け止め方編」
「障害をもつ子とどう暮らす?」という「暮らし編」
「どんな病気?どんな障害?」という「医療編」
合計3つの章に分かれています。

この本、とっても分厚くて、370ページ強あります。
なぜそんなに分厚いかというと、「医療編」の章に
病気や障害について、専門家による説明がついていて
その章だけで本の半分以上のページを占めているからです。
もちろん、病気や障害のすべてを網羅しているというわけではありませんが
どんな病気・障害なのかという説明のほかに
病気をどう受容するかということや、日常生活で配慮すべきことが
詳しく書かれています。


編者は、
過去の記事で少しお名前を紹介した、小児科医の毛利 子来(もうり たねき)先生、
小児医学専門ですが幅広い年齢層の患者さんを持つ街医者、山田 真(やまだ まこと)先生、
「先天性四肢障害児父母の会」を結成され、
有名な著書『さっちゃんのまほうのて』の著者でもある、野辺 明子(のべ あきこ)さん、の3人です。

3人とも、障害を持つお子さんがいらっしゃいます。

「暮らし編」の章に、
私自身が励まされ、その後の考え方のベースになってくれた文章がいくつかあったので、
紹介してみます。

(山田 真 先生の文章より)
「障害があるということで劣等感をもたず、
『なんとか障害を克服せねば』といった観念にとらわれず、
『障害があったっていいんだ、今のままで変わらなくてもそれでいい』
と開き直って生きることが、障害児にとってもその親にとっても
結局最も楽で、しかもあるべき生き方であるようにぼくは思います。」

「あなたのお子さんが障害をもっていることがわかったとき、
まずもって考えねばならぬのは、親から離れた時どうやって生きていくか、
そのために何を用意しておかねばならぬかということです。
(中略)
(医師や療法士などの)専門家は決して一生面倒を見てくれるわけではありません。
だからあなた自身が道を切り開いてゆかねばならないのです。」


山田先生が書かれている、「道を切り開く」というのは、
たとえば、身近なところで相談に乗ってくれ、共に闘ってくれる人、
たとえば患者の会や親の会といった団体に、
相談することを指しています。



(野辺 明子さんの文章より)
「お父さん、お母さんに、気のおけない友人たち、仲間が多ければ多いほど
障害をもつ子の人間関係はふくらんでいきます。
(中略)
仲間のネットワークを親がもっているかいないかは、
親が金持ちかどうかよりも、ずっとその子の人生にとって大きな意味を持っているように思います。」


親戚や友人知人に対して、
「この子にはこういう障害があって、こういう時にはこうしてください」と
大人同士が情報交換をしておくとか、
障害のある子の写真を使ったメッセージカードを作って配るとか、
そういったことで人間関係がふくらむと書かれています。

子どもの写真を撮るということ自体、
障害を持つ子の親はしそびれることがあるけれども、
「子どものありのままの姿を受け入れる、ということは、
このような日常生活の中のごく平凡なひとつひとつの体験を通して
身につけていくことなのかもしれません。」
と述べています。



最近改めてこの本を読んで、一番心に響いたのは次の文章です。

(毛利 子来 先生の文章より)
「障害を、『恥ずかしい』と思うのは、きっぱりと、やめてしまうにかぎります。
その子を『かわいそう』と思うのも、やっぱり、やめてしまうにかぎります。
『恥ずかしい』と思えば、隠そうとして、
子どもを世間並みに生きることから遠ざけてしまいがちです。
『かわいそう』と思えば、つい過保護になって、
子どもが自分で生きる力をそいでしまいそうです。
(中略)
実は、『恥ずかしい』も『かわいそう』も、みんな親のほうの感じをいっているにすぎません。
その感じは大変つらいでしょうから、それに耐えることは、なかなかできないと思います。
そこで、子どもをなんとかして、自分がそのつらさから逃れ出たい気持ちになってくるのです。
(中略)
親は、あくまでも、自分の辛さに耐え抜くことこそが『こどものため』になると、肝に銘じておくべきだと思います。」

おおらかな考えの持ち主の毛利先生ですが
ご自身が障害を持つお子さんを育ててこられた経験から、
このような、一見厳しい言葉が生まれてくるのだと思います。
子どものために強くならなあかんなと思わされます。


毛利先生、山田先生、野辺さんの3人ともに
とにかく普通に生活をさせ、できるだけ外に出すようにしようという考えを持っておられます。

もちろん、子どもの病気や障害の程度、家族構成や環境にもよるので、
その考えがすべてとは思いませんが、
私にとっては、ふたばを自宅で育てていくのに背中を強く押してくれた、
大切な1冊

分厚い本で、それなりの価格もしますが
1995年に発行された本ということもあり
Amazonマーケットプレイスなどで手に入れやすい価格で出品されていることがあります



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コメント

Secret

こんにちは!

私もその本持ってます〜!
みっちさんみたいに熟読できてないですが…(^_^;)

いっとき障害に関する本を買い漁る時期がありました。


専門家は一生面倒見てくれるわけじゃないという言葉にドキッとしました。
その通りですよね。
今は一生懸命助けてくれるけどそれが一生続くわけではない。
子どもの一生を責任持つのは親だから、親が強くなって助けてくれる仲間をたくさん作らないとなぁと思いました。

ちょっと私も読み直します(笑)

こんにちは。(^o^)みっちさん。
すごい厚さの本があるんですね。
でも本のぶ厚さって、時に 安心につながる時があります。(^◇^;)なんでかな。

私はよくまわりの方に、「障害者のお母さんって感じがしない」って言われます。
たぶん障害者というポジションを獲得した段階で、落ち着いちゃったからじゃないかと思うのと、うちの息子が見た目が 障害者とぱっと見判断しづらいおかげもあると思います。
あと、うちの子は特別なんだな〜って優越感もどこかにあります。

なのに他人のお子さんに対しては、ついかわいそうという気持ちが湧いてしまう時があります。「かわいそう」と「がんばって」をできるだけ簡単に使わないように、格闘してます。
でもそれはかなり疲れる作業で、話すこと自体が止まってしまうこともしばしばあるんです。
だから、ひとが「大ちゃんかわいそう」って言ってくれた時には、すなおにありがたいって思うようになりました。(^o^)
かわいそうがられていると卑下する暇があったら、知ってもらおうと。(^o^)
「うちの子は脳の障害でずっと抱っこなんで、避難訓練はちょっとむりなんです〜」とか。
お気楽極楽に 話してます。
先生たちの仰られていることは、親の心の持ち方で、障害のあるお子さんも毎日が楽しくなるし、家族や、親戚や、まわりのひとも気安くすごせる。結果、子供のためになり、親本人のいらないストレスが一つ減るんだということでしょうか。(^o^)
学園に隣接している作業所に、成人されている障害者の方達が働いています。
正直、まだ直視できない日があります。見た目の印象が、その人の内面を知ることを阻害します。(>_<) まだまだ、私も未熟でやっぱり恥ずかしいです。

長くなってごめんなさい。

はくじゅさんへ

はくじゅさん、こんにちは☆コメントありがとうございます。

はくじゅさんもこの本を持っているんですね~~!

障害に関する本、探しだすとたくさんありますよね。

はじめは、「脳性麻痺」に関する本ばかり探していたんですが
どうも当てはまらないことばかりで、
気が付いたら「障害児」をキーワードに探すようになっていました。

専門家は頼りになるけど、ずっと続くわけじゃないんですよね。
親としてできること、きっとたくさんあるので、
仲間を作ったり、できるだけ多くの人に見てもらうよう顔を広げたりと、
気長に続けていきたいですよね。

あんちゃん、早く良くなりますように(^^)

ちまきさんへ

ちまきさん、こんにちは☆コメントありがとうございます。

そうそう、分厚い本って、持っているだけでなんだか安心感が(^^)
この本も、買ってしばらくは、買ったことに安心しちゃっていました(笑)。

障害を持つ子の親、というポジションを獲得すると、確かに落ち着きますよね。
さあ、この世界でどうやって生きていこうか、みたいな。
もがかなくなる気がします。

ちまきさんは、他のお子さんに対してかわいそうという気持ちがわいてくることがあるんですね。
成人の方たちを見てわいてくる感情も、同じなんでしょうか。

障害を持つ成人の方は、一見大変そうに見えたりしますよね。
でも本人は意外と気楽に過ごしているような気がします。
そしてその親御さんも、根っから明るかったり。
その明るさは、わが子の障害に向き合い、いろんな壁を乗り越えてきたからこそ
身に着いた明るさかもしれませんが。

ちまきさんが書いておられるように、お気楽極楽(いい言葉(^^))に話すことって
自分自身も楽だし、聞いた相手の人も楽ですよね、きっと。
そういうことの積み重ねが、楽で楽しい毎日を作り出すんだと思います。

「楽」っていう漢字を何度も打って見ていると、
手をバタバタして愉快に踊っている姿に見えてきました(笑)。

なんだか心にしみました(T_T)
私も読んでみたい!
早速購入します。
みっちさん、本当に幅が広いですね(°_°)

今の私にとっては、専門家よりも、障害をもった子の親の考えとか気持ちの変遷みたいなのか、道しるべのように感じます。一番勇気も元気も明るさもくれます。
俗に言う専門家の言葉は時に生活から乖離しており、それは理想論だけど、現実では無理だよね、あーこの人生活が見えていないなと思うことがあります。
これはもう私の性格の問題ですが、こうなると信頼できなくなります。

世の中にはほんっとうに素晴らしい方がたくさんいるんだな。

深刻に暗く考えてもどうなる訳ではないし、正直先のことはわからないですもんね。
まぁ、落ち込むこともあるけど、それも当然のことだし。
お気楽極楽、確かにいい言葉♡
「楽」っていう漢字、たしかに、手をバタバタして踊っている姿に見える〜(笑)

みっちさん、今回も勉強になりました!!!








前回のコメントが、自分でもピンとこなくて、
どちらかというと「かわいそう」というより「たいへんだね」と言ったほうが正しいなぁと、今更ながら訂正してもいいでしょうか。(>_<)
ずーっとなんかヘンなんかヘンと感じてしまって。
何が大変なのかはわかっていないくせに、つい大変ですねって使ってしまう、というのが、近いと思います。
かわいそう。ではないですね。
昨日、学園に行ってからもかんがえてしまって。(⌒-⌒; )
かわいそうじゃないわ💦って。
これからもっと慎重にコメントを残します。
すみません。

わー&かーママさんへ

わー&かーママさん、こんにちは☆コメントありがとうございます。

専門家の意見も大切だけど、
実際に励みになるのは、同じような境遇の人たちの存在ですよね。
わー&かーママさんが「道しるべ」と表現されていて、本当にその通りだなぁと思いました。

専門家がしてくれるお話は、確かに現実とかけ離れていることもありますよね。
専門家のお話や指導を、砕いたり形を変えたりして、いいとこ取りをして、
自分たちの生活に取り入れていく作業が必要だな~といつも思います。

今回の本のように、障害を持つ子を育てている専門家の言葉は本当に心に響きます。
厳しいことを言えるのも、経験を持つ専門家だからこそだと思います。

お気楽極楽、さすがちまきさんですよね☆
これから使わせてもらいたいです。
わー&かーママさんの東京での生活も、楽に楽に~ですね(^^)

ちまきさんへ

ちまきさん、こんにちは☆コメントありがとうございます。
 
ちまきさんが言っておられること、頷きながら読みました。
大変ですね、って確かについ思ったり言ったりしてしまう言葉かもしれませんね~。
特に、自分の経験のないことや、一見手がかかりそうなことに対して。

かわいそう、という言葉も考え出すとなんだかきりがない言葉ですよね。
先日、ちゃぱるさんのブログでコメントをやりとりした時に
「かわいそう、と思ったら、かわいそう以外の何者でもなくなり、
そこで理解は終わってしまう気がする」という話になりました。
何気ない言葉に、いろいろな意味を考えてしまいます(私の悪い癖です(^^;))。
でもまぁ、まったくの通りすがりの人の1人1人を理解する必要はないし、そんな暇もないし(笑)、
「大変そうだなー」で終わってしまうことも、多々ありますよねぇ。

2年半ほど前、はじめて重症心身障害を持つ子の病棟を見学したんです。
何やら大きな機械につながれた子、何歳なのか見当もつかない眠ったままの子、ずっと叫んでいる子…いろいろなお子さんがいました。正直、胸が苦しかったです。
こんな世界もあるんだと思いました。
その時の自分の気持ちは「大変そうだな…」というものだったのかなと今になって思います。
でもわが子が重心施設に入って、いろいろな人と関わるようになって
あの時「何やら大きな機械」と思っていたのが呼吸器だったこと、
呼吸器にはどういう設定が必要でどんなケアが必要かということ、
「ずっと叫んでいる」ように見えた子は、意思を表現するのが難しいけど、こういう思いのときはこんな声をあげるんだということ、
「眠ったまま」のように見える子も、目や首を動かして機嫌の良さを伝えることができる子もいるんだということ。
そして、一見大変そうなお子さんたちの後ろには、その子を大切に楽しく育てている保護者や、スタッフの人たちがいること。
そういうことを知っていき、今は重心施設にいる子どもや大人に会っても全く苦しいと思わないし、むしろ意思を伝えようとしている姿がとても頼もしい。その人なりの生き方があって、意思の伝え方があること、素晴らしいと思います。
知っていくとそんなものなんですよね。

あんまり関係のない話だったかも…ごめんなさい(^^;

ちまきさん、いろいろと考えてくださってありがとうございます(^^)